若き頃 方向幕が好きだった

  • 2021年12月15日
  • 社会
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くるくる回る、バスの方向幕が好きだった。

マイカーの無い子供時代、家族のお出かけはいつもいつでもバスだった。駅で待つとたくさんのバスがやってきて、知らない街の行き先を示して、沢山の人を乗せていく。

 

系統表示が方向幕と独立しているバスもあった。一緒になっているバスもあった。左に番号があるバスも、右に番号があるバスも、誇らしげに掲げてた。

 

くるくる回る方向幕に、今は使われなくなった行き先が現れることもある。古文書のようにいつかの終点が取り残されて、ノスタルジーを子供ながらに感じたものだ。

 

行き先の漢字は方向幕のおかげで読めるようになっていった。最初は、文字の形と耳のニュアンスでセットで覚えた。「綱島駅」を「つなしまゆき」と覚えてた。「新城駅」は、イガイガした「つなしま」だった。ある時、急に運転手のアナウンスと文字が結合して、自分の心に溶け込んだ。

 

歩道側に掲げられた木札の経由地。折り返すときは裏返し。何もかもが昔の話。行先票は心の中の道標。

 

バスの方向幕

 

私は方向幕が本当に好きで、アウトラインフォントがなかっ時代、ワープロの外字機能で丸ゴシックをドットで打った、自慢の「方向幕つき時刻表」を家の中に飾っていた。中学生時代、インターネットもスマートフォンも無かったから、自転車で周りにあるバス停を巡っては、時刻表を全て書き取っていた。

 

方向幕は浪漫である。バス会社ごとのバリエーションも楽しいし、知らない街に行くのも好き。電車よりもバスの方が好きだったのは、方向幕が大きいから。飛行機が嫌いなのは、ただ単純に怖いから方向幕がなかったから。(コードシェア便という文言は好き笑)

 

そんな、私の青春の一幕であった方向幕は、今はデジタル全盛だ。くるくる回ることはなく、目的の行き先を一発操作で表示する。すでに幕ではなくなった。くるくる回すモーターも、方向を表すフィルムも、その印刷のコストも含めて、デジタルが便利なのは良く分かる。私だって、経営者ならばLEDを導入するに違いない。

 

しかし、くるくる回り子供に浪漫を与えてくれた、方向幕は無くなった。時代と言えばそうなのだが、文化と言えばどうだろう。便利さとひきかえ、にまた何かひとつ素晴らしいものを失ったようで、私は時々悲しくなるのだ。