SDGs 地域の豊かさは不便がもたらす?

  • 2021年12月22日
  • 社会
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今回語るのは単なる個人の考えだ。正解不正解は議論の中心にはなく、誰もが持続可能な豊かさの意識を持とうという考え方の一つです。

 

昔、家の近くには商店があって、手軽に買い物ができたものだ。世の中は車のない人に寛容で、バスはたくさん走っていたし、そもそも交通手段を使わなくても地域のお店で色々なものが手に入った。

 

マイカー時代が到来し、鉄道幹線網は発達してより便利な街に出かけるようになった。すると、街は栄え、地域の店は衰退した。さらに発展した交通で今度は大都市に人が流れ、街が衰退した。ストロー効果と言われるこの現象に、抜本的な対策はできていない。

 

私がいつか乗りたかった北海道標津線は、大人になる前に衰退して無くなってしまった。窓から駅弁を買うこともできなかった。鉄道を通し道路を通し、便利になった末に街と交通網は縮退する。まるで自身の身体に傷をつけているような、寂しい日本。この先、地域の繁栄は何に希望を求めれば良いのだろう。

 

国道152号線 女神湖付近

 

私はここに、積極的不便を導入したらどうだろうかと提言する。人の移動に制限をかけるのだ。例えば、都市間バスや電車は税を設ける。都市を跨ぐ時にかかる税。この税は緑化などに使えば良い。車には走行距離の制限を設ける。不便にしか見えないけれど、今はSDGsという盾がある。

 

当然、便利も用意する。地域内のコミュニティ交通網だ。バスでも良いしLRTでも良い。商店は大手幹線交通網ではなく、手軽な地域交通網沿いに出店する。自動運転のコミュニティタクシーも、地域限定へうまく流動できるはず。

 

移動制限ではなく、税の軽減でも良いかもしれない。居住地域内の商店を使ったなら、税率を軽減するのだ。大規模チェーンスーパーは税軽減の対象外。企業努力の方向性は変わってくるかもしれないね。

 

移動することに慣れた私たちは、ついつい遠くの店まで出かけてしまう。人の歩ける距離ではないのに、自分の力だと信じ込んで移動する。インターネットと自由な移動は競争社会に実力以上の差別を与え、近くの便利を失ってしまう。そろそろ、コントロールしなくてはならない時代になっていると感じている。

 

私たちの幸せは一体なんなのだろう。家を買う事?車で移動する事?何かを消耗する事なのか、趣味を全うする事なのか。

 

Peugeot308SWと冬の森

 

その一つが欠けることで幸せになるのなら、私は移動の自由は手放しても良いと考える人間だ。クルマでドライブは大好きだけど、移動による豊かさの損失が起きるというのなら、制限をかけても良いと思う。

 

不便が到来したとしても、将来の豊かが見えているなら、私たちに必要な利便性は必ず誰かしらの手で供給されるのだ。移動の不便は残念なことだけど、その分需要は生まれる。

 

我慢無くして人の未来は語れない。世界の誰かのアイデアを待つ楽観視は、堕落と言って過言はない。SDGsで二酸化炭素を減らすなら、明るく前を向いて不便を受け入れるのも良いんじゃないかな。

 

本当に、車が大好きなんだ。だから、モビリティは真剣に考えたい。夢を見せる人の横で、現実を語りたい。そう思ってしまう、土地探しでした。